「失言」の恐さ。失言には本音が隠されています!

          <去年小っちゃかったバラが今年大きく育ってくれました!>

最近国会議員のみなさんは失言が多すぎると思いませんか?
つい最近では日本維新の会の丸山穂高議員の北方領土返還を巡り、「戦争」を
解決手段とするかのような発言をして、日本維新の会から除名処分を受けまし
た。

また少し前には、吉田博美前国交副大臣の「忖度発言」、その前の桜田義高元
五輪相の震災関連の失言など昔から議員の失言問題は数知れません。
私たち一般人と違い、国民から選ばれ重責を担った人たちなので、発言には
もっと慎重に気を付けてほしいものです。

もと五輪相の桜田大臣に至っては、どうしてあんな人物が大臣に選ばれたのか
いまだに納得がいきません。もっと早期に更迭されるべきではなかったでしょ
うか。

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「失言」と一言でいっても内容は様々でしょうが、日常の会話の中でも「失
言」によって相手が精神的に傷つけられ、あとあともその言葉が残ってしま
い、相手を許せなくなってしまったという経験はないでしょうか。
また逆もあると思います。

「失言」は、「その人の本音」でもあると思うから相手を許せないのです。
パッと言ってしまった一言、言われた一言は、とても重いのです。

以下は、<サイト:PHP Online 衆知・生き方>から、元東レ経営研究所社長
の佐々木常夫氏が書かれた文章から引用させていただきました。

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【たった一言の失言で役員昇格を逃した有能社員 言葉と教養の深い関係】
―佐々木常夫著『人生の教養』抜粋ー

◆あなたの言葉には行動がともなっているか
言葉は人の心をあらわす道具であると同時に、心を隠す道具でもあります。
きれいな言葉、もっともらしいセリフを吐く人ほど中味が薄い、実践をとも
なっていないと眉に唾をつけるべきかもしれません。

◆吉田松陰が日本有数の教養人である理由

もし、言葉に中味を込められる人、言葉に行動がともなう言行一致の人を教養
人と呼ぶのなら、幕末の吉田松陰などは日本有数の教養人といえるでしょう。
なぜなら第一に松陰は単なる思想家ではなく、「徹底した実践者(実学者)」
でした。

知識を得ること以上に、志を立てることに重きを置き、その志を実行すること
をさらに重んじたのです立志と実行」これが松陰という傑物の“中身”

あり、真骨頂でした。

また第二に、松陰は「すぐれた教育者(指導者)」でした。のちの明治維新を
担う何人もの人物を、ただ単に自分の知見を授けて教え育てただけでなく、つ
ねに、「君はどう思う」「何をなすべきか」と問い続け、対話し、自発的な思
考や行動を促しました。

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吉田松陰て、すごい人だったんですね😇

私も「有言実行の人」が大好きです。💞
またお互いに失言しないように気を付けましょうね。✌😅

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